新宿の街は、あいかわらず猥雑だった

 夜中に雨が降ったのだろう、地面が濡れていた。
 そう言えば昨日の昼間、タクシーの運転手が、「今日はこのあと雨になるらしいですよ」と言っていた。
 空気はしっとりと湿り気を帯び、朝の森では薄もやにかかる太陽の光が線になっていた。

 新宿の街は相変らず雑多で落ち着きがなかった。
 ぼくは久しぶりに妻子を連れて十二社通りのしゃぶしゃぶ屋ののれんをくぐった。そしてこんなに食べたのはいつぶりだろうというほど、主治医のはからいで降って湧いたように与えられた外泊に見合うだけの量の肉を食べた。ぼくの胃袋はとうに旧に復していたとみえ、じつに大量の肉をその中に収めた。
 はげしくうまかった。

 翌日は大久保通り界隈をうろついて、夕方、病院への帰路についた。
 西新宿から小滝橋通り、大久保通り。猥雑とすらいえるこのあたりが、やっぱりぼくのベースである。住んでいるころには嫌いだったその猥雑さに、懐かしさすら感じた。
 このあたりの風景もしゃぶしゃぶも、もう見おさめ食べおさめかと思うと一抹の寂しさが湧いた。

 外泊直前に三日連続で血小板と赤血球を輸血してもらったので、行き倒れになることもなく帰って来られた。
 そして今朝からはまた病院の生活が淡々とはじまる。
 今日からさっそく七日間連続で抗がん剤のビダーザの注射をされる。これは弱い抗がん剤なので副作用はほとんどないのがさいわいである。
 病院にもどったぼくは、ベッドの上で新宿の街に思いを馳せた。
 今日もきっと猥雑なエネルギーに充ちていることだろう。
 そしてぼくはもう訪れることもかなわないのだろう。