余命が伸びたところで……

 師走のスタートは雨模様となった。窓から見える景色が雨に煙っている。
 今日は、意を決して、外泊に向けてうずらのようにぽわぽわと伸びた髪を刈ることにした。刈るためにはシャワーに入らねばならない。この病室に来てからシャワーに入るのは、えらく久しぶりのことである。
 そして、昨日、今日、明日と三日間、やはり外泊に向けて血小板と赤血球の大盛輸血をおこなう。ぼくの骨髄(正確にはドナー骨髄だが)は、もはやまともに血液(血球や血小板)を作ることができなくなってしまっているから輸血に頼るしかないのだ。
 毎日行われる点滴にくわえて輸血を二種類受けると、もうほぼ一日中点滴につながれっぱなしになるのだが、致し方ない。これも外泊のためである。

 今日の面会予定は、夜に弁護士が面談にやってくるだけで、お見舞いの予定は入っていない。お見舞いラッシュもようやく峠を越えたか。先月のラッシュはすごかった。ほぼ毎日の様に誰かしらが来ていた。

 昨日は午後に母親がやってきて、ぼくが死んだあとのことについて少々話をした。ぼくには借金こそあれ財産はまったくない。したがって子供らには相続放棄をしてもらわねばならないのだが、これがまた別れて以来ずっと音信不通なのだ。そこらへんをどうするか、そういうことを整理してゆかねばならず、ただ死ねばよいというものではない。なかなか死ぬのも面倒である。

 母親はぼくの余命がちょっと伸びたことで、もう助かるくらいの喜びようなので、そこはきびしく、余命がひと月かふた月伸びただけで、結局は死ぬのだと言っておいた。根拠のない甘い期待は持たせてはならない。
「そうは言ってもわからないから」
 としつこく言うので、
「わかっているのだ。余命がひと月やふた月伸びたところで、十中九は死ぬのだ。十の中の一など、起きない奇跡に近いのだ」
 と言った。
 もちろん母親の気持ちはよくわかる。ぼくはたった一人の息子なのだから。だからこういうこともあるので、子は複数必要なのだ。一人だけではその子がいなくなってしまったらゼロになってしまう。母親の場合は身体が弱かったから致し方なかったのだが。
 一人っ子とは、何かにつけさみしいものなのである。