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カワちゃんがやってきた(死にゆくものの気持ち)

 朝からの雨が、間もなく雪に変わった。
 こんな時期に雪が降るなぞ、関東では珍しいことである。雪で難渋しているひと達には申しわけないが、ここにいるぶんには、窓から見える景色が一面銀世界になって新鮮である。

 昨日は一日のんびりと過ごしていたが、夕方になって――もう夜になっていただろうか――カワちゃんがひょっこりやってきた。ベッドでウトウトしていて、ふと目を開けたらそこに立っていたのだ。
 ブルハのベースだったカワちゃんである。
 彼が来るのももう三度目か四度目になるだろうか。都内から来るのだから二、三時間はかけてえっちらおっちらやってくるのだけれども、まるで町内の友だちの家にでも遊びに来るかのように気軽にひょっこりやってくる。すこし前など、電話で
「いやぁ、風邪ひいちゃってさ、ちょっと二、三日行けないんだよ」
とわざわざことわりがあった。
「いやいや、遠いんだからそんなに度々来てくれなくていいからさ。その気持ちだけで十分だよ」
 と恐縮したものである。

 彼とぼくは、不思議とウマが合うというか、話していて楽しい。ブルハ時代もヒロトマーシーをフロントとするならば、ぼくとカワちゃんはバックで、バック同士の話をあれこれしたものだ。三十年ぶりでも、それは少しも変わることはない。
 ぼくは彼を称して「水のような男」と言ったことがある。水というのはどんな器に入れてもぴったり隙間なく収まる。彼もちょうどそんな風に相手が誰であれ意見がぶつかることなくぴったり相手と合ってしまう。それは決して無理をしてそうしているわけではなく、もともとからそういう性分なのだ。だからおそらくあれだけ個性のつよいメンバーの中でうまく調整役になっていたのだろう。
 ぼくは我を通してしまうほうだから、彼のような性格がうらやましかった。そしてぼくは彼が好きだった。
「何時でもいいからよう、ヒマだったら電話しろよ」
 と彼は言った。
「うん」
 と答えながら、おそらく電話することはないのだろうなとぼくは思った。

 またたく間に面会終了のアナウンスが院内に流れた。午後八時である。
「今度はもっと早くこないと」
「そうだよなあ」
 そう言って何度も握手をして、名残惜しそうに彼は帰っていった。
 ぼくは、彼の乗ったエレベーターに向かって深々と頭を下げた。
 それにしても人生の最期に彼と多くの時間を共にできるのは、ぼくにとって幸せなことである。

 死にゆく者の本心、それはおそらく誰に話しても理解できるものではないだろう。おそらく同じ境遇のものにしか理解し得ないのだと思う。寂しさ、心残り、そして恐怖もないといえばうそになる。そういうものを含みながらも、驚くほど安定しているのが今のぼくの心である。まだ死ぬという実感に薄いのかもしれない。もっと死が近づいてきたら、また別の気持ちが湧き上がってくるのかもしれない。

 白い世界を眺めながら、ふとそんなことを思ってみた。
 窓の外では、相変らずはげしく雪が舞っている。