送るひと達

「あら、千葉さん、今日は顔色がいいですね」
 点滴を吊るしに来た看護婦が言った。
 そういえば、今日はわりとスタスタ元気に歩ける。昨日もらった輸血の赤血球が濃かったのだろうか。ふだんは輸血をしてもここまで変わることはない。

 そんなわけで、スタスタ元気に歩いてミズキの下まで行った。このミズキという名のハクモクレンももうあらかた葉っぱを黄色に染めて、すっかり晩秋の面持ちである。
 朝の雨があがって快晴になったので、陽光を透かした黄色い葉がきれいだった。そして日なたはポカポカと暖かであった。

 缶コーヒーを買って、いつものように木の下に腰を下ろした。
「ああ、この木の葉がみんな落ちきってしまうとき、私の命も終わってしまうのね(よよよ)」
 そんな漫画的セリフが頭に浮かんだが、実際はそういう気持ちにはあまりならんものである。

 今日はこの後、午後から高校時代の友人がやってくる予定になっている。このひとが来るのはもう四度目にもなるだろうか。遠いしたいへんだからいいよいいよと、いつもやんわりお断りをするのだけれど、それでも来る。うれしいやら申し訳ないやらである。他にも二度三度と来てくれるひとがいるのは恐縮の限りである。

 ふと思った。
 ああ、このひとたちはぼくを送ってくれているのだなと。このひとたちはみな、ぼくの余命の長さを知っている。知っていながらそんなことはひと言も口に出さない。治る見込みの大きい病気なら面会も一度でいいだろう。治る見込みがうすいからこそ、こうやって何度も何度もこんなところまで足を運んでくれるのだ。そして無言でぼくを送ってくれている。昔ばなしなどして笑いながら。

 そう思ったら、このひと達の情けに深く頭を垂れる思いがした。ぼくにはまったく分不相応である。こういうひと達に送ってもらえるぼくは何としあわせものか。
 これはもう、ありがたやなどという冗談めかした言葉でなく、心底こころの中で合掌するのであった。ぼくの人生にもしまだ使い切っていない幸せが残っているのであれば、それをちぎってみんなに分けてあげたいくらいだ。
 ほんとうにありがとう。



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