今、ぼくの身体のなかでは、生と死がしのぎを削っている

 今、ぼくの身体の中では、生と死がしのぎを削っている。

 この言葉を頭の中でつぶやくとき、ぼくはなぜか涙が流れてしまう。理由はとくにないのだ。ただ自動的に、無機質にといってもいい、涙が流れてしまうのである。
 今月の二日には三十パーセントあった芽球の数は、いったん十八パーセントまで下がり、今日の採血ではまた二十四パーセントまであがってきたらしい。まさしく一進一退である。その一進一退の戦いを、身体の持ち主であるぼく自身は、まったく手をこまねいて見守る以外に何もできないのももどかしい。採血の結果で数値を知らされるだけである。
 そういうことも涙の理由なのかもしれないが、ともあれ今、この言葉はぼくの涙をさそってしまうのである。

 今日は、朝から熱発し、昼ころまで三十九度の熱に苦しんだ。もうずっと続いているこの熱の一回一回が、死の大魔王である白血病細胞を駆逐する熱であってくれればよいのだけれど。

 昨日はお見舞い記念日であった。
 ぼくがむかしやっていたブルーハーツというバンドのボーカルの甲本ヒロト、そしてベースの河口くんが今度は奥様連れで来てくれた。ほかにも昔やっていたバッドコンディションというバンドのボーカルの太田君、そして元ブルーハーツの初代マネージャーだった谷川君と、総勢六名も集ったのだ。昔ばなしに花が咲き、7C病棟のロビーの一角はそれらミュージシャンの同窓会となって、面会時間が終了する夜8時まで話題が尽きることがなかった。

 ぼくがブルーハーツに参加していたのはアマチュア時代のごく短期間、一年間くらいだっただろうか。よくもわるくも若かった。若さだけで走り抜けた青春の一ページである。今でも昨日のことのように思いだせるが、その一方で三世くらい昔のことのような気もする。
 バッドコンディションはもっと後に参加したバンドだけれど、ぼくの一番活きのよかったころである。一枚だけ出したアルバムが、その活きのよさをあますところなく拾ってくれているので、そのアルバムはぼくの宝となっている。

 十一月八日はけっして忘れないようにしよう。こんなそうそうたる人たちがぼくのために集まってくれたのは尋常なことではない。
 ぼくは死んでしまうかもしれないけれど、空の上から君たちのことを見守り、そのさらなる成功に手を貸すよ。
 ほんとうにありがとう。