命の時間

「先生、もしもその時がきたら、無駄かつ無理な延命措置は一切とらないでください」
「わかりました。ご家族もそれで了承していらっしゃいますか?」
「はい。母親にはぼくから言っておきます」
「ではこちらも、万が一私が居ない状況でもすべてのスタッフに周知させておきます」

 先日のドクターとのやり取りである。
 ひとにはそれぞれ持って生まれた命の時間というものがあるのだと思う。それはそう簡単に人間が変えられるものではなく、無理やりねじ曲げるように伸ばそうとしたりしてはならないのではないかと思う。
 ぼくにはまだ死期が近づいているという実感はまったくないのだけれど、それは確実に迫りつつある。痛いとか苦しいのはいやだけれども、それさえなければ自然に、眠るように逝きたいと思っている。

 残り少ない日々なのだから、一日一日を大切に生きたいと思うのだけれど、体調がなかなかそれを許してくれない。もう熱が高くてもそうでなくても、身体のしんどさはあまり変わらなくなってきた。
 昨日は一日中八度台の熱が下がらず、ベッドで横になったきりであった。午後に母親がやってきたが、ずっと横に居たきりでなすすべもなく、またそそくさと帰って行った。
 そんな母親の後ろ姿を、ぼくはベッドから見送るばかりであった。