人生の財産

 風がなく、空気のキンと冷えた朝であった。
 今朝の体温は三十八度ちょうど。風さえなければ空気はいくら冷たくてもいいのだ。むしろ頬に気持ちが良い。ぼくは暑いのはダメだが、寒いのは好きだ。

 昨日の夕方、看護婦さんがアマゾンの大きな箱を持ってきた。なんだなんだ、注文した覚えはないぞ? と見てみると差出人に友人の名があり、「このお届け物はギフトです」とある。開けてみると、立派なベンチコート――サッカーの選手がベンチで着ているアレ――であった。差出人の友だちは、ついこの間見舞いに来てくれたばかりのヤツである。一緒にイップク場へ行き、そこがずい分寒かったので思いついたのだろう、なかなか気の利いたプレゼントである。
 さっそく着てイップクしに行った。まっ黒のコートにはフードもついており、それをすっぽりかぶって点滴棒をガラガラ押しながら月明りの病院の中庭を歩いていると、なんだか死神みたいな風体にも見えたが、ハゲ頭も寒くなく、たいへんぐあいがよろしかった。
 思わぬプレゼントに、ぼくは心も身体もぬくぬくとしたのであった。

 昨日は、その外にも電話やメール、その他あらゆるアプリを通していろんなひとから励ましのメッセージをいただいた。そういう日だったのだろうか。中には数十年ぶりの超意外なひとからもメッセージをもらって、恐縮することしきりであった。
 ぼくは五十五年間生きてきて、金銭的な財産はまったく残せなかったが――むしろ借金ばかりが残ってしまった――、こういうひと達がぼくに向けてくれるこういう温かいベクトルが何よりの財産だと、ひしひしと感じた。そしてあらためて、いい人生を歩んできたのだなあと実感させられるのであった。