余命二か月

 寒い雨の朝だった。
 今朝の体温、七度八分。熱のわりにしんどさが大きかった。解熱剤を落してもらったが、あまり効果はなかった。
 この二、三日ずっとそうなのだが、身体の中心にしんどさがどっかり居座っている気がする。歩くのも若干難儀で、イップクしに行くにもミズキがえらく遠く感じて、もっと近い雨天イップク場で済ませたりしている。

 両手の発疹が消えた。赤く点々になっていてそれが赤紫色になり、点々同士がくっついて両腕がガラガラヘビみたいになっていたのだけれど、きれいに消えた。

 昨日もドクターとすこし話をした。ぼくの寿命はあと二か月だが、その間どうなっていくのか、しっかり頭に刻み込んで覚悟をしておこうと思って。
 まず、貧血になる。そして血小板が減少しアザができたりする。さらに高熱が出たり、感染症にかかったりするらしい。貧血、血小板減少、高熱はすでにきている。
 感染症でもっとも頻度が高く症状が重いのは肺炎である。これはかなり苦しいらしい。これに侵されたら、あとは苦しみを取り除く治療に専念するという。肺炎が死亡の原因にも当然なりうる。
 そのほかでは、内臓、肝臓や脾臓の障害。これもすでに始まっている。肝臓の数値は思わしくなく、脾臓は腫れている。また、白血病が脳にまわることもあり、そうなると意識障害などの症状を発する。そして腸炎などの消化管の障害にもなりうるらしい。
 つまりもう全身のどこを侵されても不思議はなく、その症状が出て、それが原因で死亡する可能性があるということだ。白血病というのはいったん再発したら怒涛の勢いで進んでしまうらしい。

 ぼくが自分の足で歩けるのも、せいぜいあと二週間程度らしい。ということは、あと一か月もしたらベッドで寝たきりになってしまうのだろうか。いずれにしても、起き上がってPCに向かえる限りは、できるだけ克明に日々の状態を綴っていこうと思っている。

 それにしても二か月は短い。短すぎる。しかもその二か月の間で、ぼくが人がましくまともに生きていられる時間がどれだけあるのだ。
 そして死ぬのは悲しい。
 何の意味もなく涙が流れたりする。
 来年の正月には、ぼくはもうこの世にはいないのだ。
 そう考えると、えも言われず寂しい気持ちになる。