お見舞いラッシュ

 ここK市には、高層ビルというものがほとんどない。したがって空がたいへん広い。ぼくの病室の窓からも、その広い空がよく見わたせる。今日は空が高く、いかにも秋の空という趣であった。その秋の空の下、建物に朝陽が射しこんでいるのをぼんやりと眺めているのも、なかなかよいものである。

 この数日はお見舞いラッシュだった。
 金曜日には、これはお見舞いとはちょっと違うが母親が来た。
 土曜日には妻が子供たちを連れてやってきた。
 日曜日には、前触れもなく三十年来の友だちが二人でやってきて、昔話に花が咲いた。
 そして今日は、カヌー時代の友だちが二人来てくれた。
 みんなそれぞれ遠い所からわざわざ時間と労力をかけて来てくれるのだ。有難いことこの上ない。
 ぼくは義理に篤いほうではないので、あまり友だちというものがいない。しかしぼくのほうは篤くなくても、こういう義理堅い友達がいてくれることについては、毎度ながら感謝に尽きない。人間苦境におちたり病気をしたりすると、本当の友だちというものがわかるものである。

 そういう得難い友人がいる一方で、一生忘れ得ぬ恨みを持った人間というのもまた居るものである。
 ぼくの場合、三人居る。
 一人は馬車屋時代、横領に近いかたちでまとまった金を着服した男である。これは現在裁判で係争中である。ぼくが死んでも裁判は継続されるだろうから、いずれきっちり結果が出るだろう。
 もう一人は、もう十年以上前のことになるが、知り合いの紹介で入った会社の社長である。社長といってもぼくより年下だった。この男がチンピラくずれのような男で、さんざんこき使われた揚句、人とも思えぬような罵倒を何度もされた。あの恨みは到底忘れられるものではない。こちらの方は化けて出ることにしよう。そして会社に取り憑いてチンケな会社には潰れてもらうことにするのだ。
 最後は二年ほど前にここに引っ越してきてから付き合った軽貨物の社長である。この男は友達ヅラをしてぼくを自分の傘下に入れ、やはり都合のいいように散々こき使い、搾取し、その上何度も面罵してくれた。はやりチンピラのような男でチンケな会社をやっているので、こちらも化けて出てからしっかり取り憑いて、倒産してもらうことにしよう。

 しかし総じてぼくの人生、忘れ得ぬ恨みをもった人間はこの三名だけで、前述のような得難い友人のほうがはるかに多いのはありがたいことであり、いい人生だったのだなとしみじみ思う。
 この日記にも書いて来たとおり、やりたいことはすべからくやらせてもらってきた。何ひとつ大成しなかったのが悔いといえば悔いであるが、それでもひとがなかなかできないことも多々やってきた。
 思えば楽しい人生であった。
 だから今、死ぬことに対してさほどの抵抗がないのかもしれない。もう十分生きたのだから。

 唯一の心残りは、病を克服して、いつか妻と二人で旅をしようと約束していたのが叶わないことである。そしてその妻を残して先に逝ってしまうことである。彼女とは、もっとたくさん楽しい時間を共有したかった。