白血病と禁煙

 この病名、白血病を告げられたとき、いずれはどこかで禁煙を強いられるのだろうなあとは思った。それは無菌室。二十四時間監禁されて一歩も外へ出られない。無論、喫煙はまったくの不可能である。
 入院してから無菌室までの五か月間、ずっとそのことが頭にあった。僕は若いころから約四十年間タバコを吸ってきた。一度も禁煙をしたことはない。しようと思ったこともない。一日たりともタバコを吸わなかった日はなかったと思う。吸う量は一日にひと箱程度なのでそんなにバカみたいに吸うわけではないのだけれど、とにかくずーっと吸い続けて来た。それが今回無菌室でひと月を超える禁煙ができるのか。まったく自信はなかった。試しに二十四時間禁煙などに挑戦してみたが、終わったあとのイップクがあまりにうますぎた。ぼくは禁煙明けのタバコで痺れる脳髄で、「こんなにうまいものを止められるわけがない」と確信した。そして無菌室は仕方ないとして、医師の言葉に反して、それ以外ではタバコを止めずに白血病を治してみせると決意するに至ったのである。

 そして無菌室入り。
 ニコレットを一箱買って泣く泣く入った。果してひと月ふた月、まったくタバコから遠ざかったら自分はどうなるのだろうか。「ああ、もう禁煙しちゃおうかな」となるのか。さにあらず、「一日も早くここから出て、胸いっぱいに心ゆくまでタバコを吸うぞ」との決意が日に日に強まるばかりであった。
 そして今日、ひと月ちょっとが過ぎてやっと無菌室から出て来たが、感染症の危険があるというので7階以外へ行くことは禁止された。つまりタバコ場まで行けないのでさらに禁煙を強いられることになった。
 裏切りに近い。
 こちらは無菌室から出さえすればと、そこを目標に歯を食いしばってやってきたのだ。それが禁煙期間は、さらに退院まで伸び。そしてさらに退院後も免疫抑制剤を服用している間はどんなヘビースモーカーの人でも禁煙しますよ、との主治医の言葉である。

 気が遠くなった。ひと月だけでも必死の思いだったものが、この先はるか半年以上先まで禁煙? ふざけるな。ましてこういう禁煙状況の整った――要は規制の厳しい生活状況においてはまだ禁煙もしやすいだろうが、退院して自宅に戻ったらすべては自由である。手を伸ばせばそこにタバコがあって、そこで心ゆくまで吸っても誰も文句は言わないのである。
 そんな状況で僕が半年以上自宅で禁煙できるとは思えない。
 しかし白血病における禁煙のリスクなどを調べるにつけ、その必要性は理解できるのだ。免疫が抑制された状態で肺炎にでもなったら命にかかわる重篤な症状になりかねない。

 今、ぼくは、退院までのあとひと月ふた月はなんとかしようという方向へ考えが変わりつつある。事実上吸いたくても吸えない状況であるし。
 しかしその先の退院後のことについては、どうなるかちょっと見当が自分でもつかない。主治医の「薬を服用している間は……」とのことばが何度も何度も頭の中でうずを巻いている。

 この先は、いったいどうなるのかなあ。
 禁煙するのか。しないのか。GVHDは出るのか出ないのか。重症感染症はくるのかこないのか。そして生き延びられるのか、死んでしまうのか。