準クリーン病室から出てみた

 ぼくの病室のドアにかかっている札が、「クリーン管理」から「準クリーン管理」に早くも変わった。そこでぼくも七階限定ではあるが、病室から出てみた。ポンプの電源コードを外して点滴棒をガラガラ押し、二枚のドアを開けて廊下に出てナースステーションの前を通り過ぎ、エレベーター前の自販機で缶コーヒーを買い、談話コーナーのソファに腰を下ろした。
 ナースステーションで忙しく立ち働く看護婦さんたち、隣のソファに座っている人たちの会話、日勤が終わって帰ってゆく看護婦さん、そんなごくあたり前の日常の人の営みや会話が、なぜかとても新鮮に感じられた。そしてそれを見ていたぼくの心に、何かしら温かいものがじわっと流れ込んでくるのを感じた。
 思えばこのひと月あまり、動くものといったら窓の外のトミカタウンの交差点くらいしか見て来なかったぼくの心は、ガサガサに乾ききっていたのだろう。

 しばらくの間、ぼくは頭の中をからっぽにしてソファに座っていた。それから、ぼんやりとこの先のことを考えてみた。
 移植後、順調にゆけば二、三か月で退院となるらしい。あくまで順調にゆけばであるが、年内に退院できるかどうかというところだろうか。そして無事になんとか退院できたとしても、それで万歳とはいかない。感染症GVHDなどの災いが待ち受けているのだ。さらにしばらくは頻繁な通院治療も必要で、なかなかやっかいである。退院後がどんな生活になるのかちょっとイメージが湧いてこない。真冬の寒い時期の通院は大変だろうなあ。

 禁煙のことも、今はちょっとまともに向き合えない。
 何しろひと月限定のつもりでここまで一日一日必死で耐えてきたわけで、それがいきなり青天のへきれきで半年以上延長ですと言われても、そうおいそれとハイそうですかとは言えない。これを受け入れ、自ら決心できるまでには、しばらくの時間が必要と思われる。

 そんなこんなをぼんやり考えた後、ぼくはソファを後にして病室へ戻った。どうやらぼく自身がおかれている環境と、ぼくそのものは、ここへきてぼくが考えているよりもずっと早いスピードで目まぐるしく変わりつつあるようである。