最後の夜

 ミズキの葉が、わずかに変わったように見える。
 夏のはじめにはみずみずしい緑色だったのが、水気がやや減って、葉の色も変わろうとしている。そうして秋がきて冬になると、葉を全部落してしまうのだろう。

 約五か月弱、慣れ親しんだ749号室も最後の夜である。明日からいよいよ無菌室へ入る。これからはミズキの下はおろか、廊下にすら出られず、タバコももちろん吸えない。
 ぼくがミズキの下へ足しげく通う理由は、そこでタバコが吸えるからであるが、同時に森の空気を胸いっぱいに吸いこみ、ぼうっとミズキを見上げることも大きな理由である。
 初夏、青々とした葉をひろげ、陽の光をいっぱいに受けたミズキは、移植しようかしまいか迷っているぼくを勇気づけてくれた。
 クサクサすることがあっても、ミズキの下に行けばきっと心が落ち着いた。
 ミズキは、ここの生活において、ぼくの唯一の癒しであり、友だちだった。
 もう、しばらくここへ来れないと思うと、さみしさが込み上げてきた。ミズキだけではない。これからぼくは、ドア二枚を隔てて外界と完全に遮断された生活をしばらくの間強いられる。そしてそこにはつらい治療が待っている。そう思うと、今までストレスでしかなかった749号室のあれこれですら名残惜しい。
 日が落ちて虫の音に包まれたミズキの下で、ぼくは最後のタバコに火をつけて、ミズキに別れを告げた。