ムフフと今日のわたくし

 病院の夕食は早い。
 このJK医大病院も午後六時が夕食なので、今の時期ならまだ日のある時間だ。
 昨日、夕食がおわってから、やることもないのでミズキへ行ってみたら、裏門のところに若い女性がひとり立っていた。そして女性のほかに、ハザードをつけた車が二台、裏門前の道路に、互いにちょっと距離をおいて停まっていた。
 そうかそうか、なるほどなるほど。ちょうど日勤の職員が終わる頃合いである。そして昨日は週末の土曜日の、しかも連休ときた。女性は、ほどなくやってきた車に乗って去ってゆき、後から別の女性が出てきて、停まっていた車のうちの一台に乗って去っていった。それぞれにムフフの青春である。
 夕暮れ時の森のゲートで待つひと待たれるひと、三組のムフフを目の当たりにして、僕はなんだか心がほっこりした。

 三回目の抗がん剤治療が終わって、昨日で丸三週が過ぎた。
 今回は白血球の低下は二週目の終わりあたりをピークとして三百まで下がったが、ようやっと千百まであがってきた。あがったといっても三千三百以上が正常値なので、まだまだ少なくひ弱な白血球くんたちなのである。そしてせっかく増えてきても、また次の抗がん剤治療で根こそぎやっつけられるという、可哀そうな運命の白血球くんたちなのだ。すまんすまん。
 今回は立ち上がってくるのが前回までより一週間ほど遅い気がする。しかしまあ熱も下がったし、輸血の必要もなくなったし、血液中の細菌もいなくなったらしいので、とくに問題もなくおだやかな毎日である。点滴も朝晩二回の抗生剤のみなので、ガラガラ点滴棒からも解放されているのだ。
 ことによると、今週末くらいにまた外泊許可が出るのかもしれないが、これはけっこう直前になっていきなり言い渡されるので、いつも少々あせる。
 睡眠は、ミンザイにたよってではあるが、毎日ほぼ五時間程度、二時間半ひとサイクルの僕の場合のちょうどふたサイクルである。入院するずっと前からそうなのだけれど、三サイクルはなかなか眠れない体質なのだ。今は二十三時ころには寝て四時過ぎに目覚めるのがパターンである。途中一回か二回、トイレに起きる。

 今日は本でも読むか、昨日書き上げた二稿の読み直しでもして一日過ごそうと思う。気分はさしてよくもわるくもない。
 そんな日曜の朝である。