祝、入院三か月

 いつの間にかこの闘病日記が百篇を越えていた。僕の入院生活もちょうど三か月を超えたところだ。
 いつもやたらと重く暗い内容であったり、病気とまったく関係ないことであったり、熱のひどい日は「ううう」だけであったりと、そんなとりとめもないことを毎日毎日書くほうも書くほうであるが、毎日読んでくれているひとたちもひとたちで、よく読むなあと思いつつ感謝につきない。まして下のほうのマークを欠かさずつけてくれる人には、平身低頭平蜘蛛状態である。
 
 以前にもお話したとおもうが、僕の生存率は三十パーセント程度である。であるので、そこらへんを中心に、「こいつ、今は阿呆みたいにこんなこと書いているけど、そのうち死んじゃうのかな、それとも生き残るのか」という興味本位で読んでくれているひとにも感謝である。たとえ死んだとしても、こんな人間が、こんなことを感じながら、こんな闘病生活を送って死んでいったという、生きた証といえば大げさに過ぎるが、ひとつの足跡になろうから、そういう人間の最期を見届けていただければ幸いである。
「ああ、カンパネルラ、ほんとうのさいわいとはどんなことだろう」
 いや、カンパネルラではなかった。
 
 熱のほうは、今日になってやっと解熱剤を使わなくても七度台にまで下がってきた。どうやら八度まで上がる気配はなさそうだ。昨日まではいつまた四十度になるか気を抜けない状態だったで、一日一日、少しずつよくなっているのだろうか。しかしほんとうにしつこい熱である。微熱状態や、その前兆から数えたら一週間以上続いていることになる。
 気分はまだ冴えない。体力的にもふらふらしている。熱が下がったときのあの爽快感がない。実感としては八度台の熱があるくらいの感覚である。
 
 そんなわけで今週は大したことが書けなかったし、何も書けない日もあったのでご心配をおかけしたと思うが、基本的に今の抗がん剤治療で死ぬことはないので安心していただきたい。
 
 病室の窓から見える手賀沼は今日も晴れである。
 関東地方の梅雨はどこへ行ってしまったのだろう。気象庁ではよく「○月○日ころ梅雨明けしていたものとおもわれる」などと後出しジャンケンのような発表をするが、これでは今年は「関東地方は、じつは梅雨はなかったものとおもわれる」ではないか。
 水不足が本格的に心配である。