なかなかひとりにはなれないのだ

 ここ数日とうってかわって涼しい――というより肌寒い一日だった。
 火曜日は精神科のドクター面談の日である。
 ミンザイの効きが悪くなってきたので、セロクエルを半錠から一錠に増やしてもらった。それと日中の安定剤として、今飲んでいるデパスの他にルーランという薬を追加してもらうことになった。
 
 午後からはソーシャルワーカーと面談し、ワードで書類を作成し、プリントし、通帳のコピーをとった。そういう作業をここでやるには、いちいち一階のコンビニまで行かねばならんので非常に非効率的かつ面倒千万なのだが、それでもコンビニでファイルがプリントできるだけありがたいのだろう。
 
 母親がやってきたので、通帳を預けて記帳してもらってきた。記帳ごときで、往復のタクシー代を渡していちいち頼まねばならない。市役所へのちょっとした申請ごとでもまたしかりである。自分が行ければチョチョイのパで終わることがいちいち数倍厄介なので、もういっそ病院を抜け出して自分で行ってしまおうかと思う。
 
 そういうしている間に突然友人があらわれた。バタバタしていたのでちゃんとお相手をしてあげられなかった。そしていくらも居ないうちに夕食時間になってしまったので、彼はそそくさと帰っていった。申し訳ないことをした。
 
 最近、ミズキに行っても誰かしら顔見知りと会うことが多くなった。
 僕がミズキに行く目的は半分はイップクだが、半分は気分転換である。病室を出て、ほんのちょっとの間でもよいからそこにたたずむだけで気分が変わるのだ。そして日記のネタなどがひらめいたりする。けれどもそこに知り合いがいるとそうはいかない。挨拶をして会話をしなければならない。会話をすれば少なからず気を遣う。気を遣えば気分転換やネタのひらめきは、とうてい無理である。
 僕はひとりになりたいのだが、なかなか知り合いが増えるとそうもいかない。

 そんなわけで、最近あまりひとと会話をしたいと思わなくなってきた。うつのせいもあるのだろうが、会話をすれば気を遣う分だけ疲れるし、会話をしたいと思える人もなかなかいなくなってしまった。
 749号室はイーダさんが退院した後にはまだ誰も入ってきていない。このクリーンルームのベッドがこんなに長い間空いているのは珍しい。
 彼なきあと、サダセーネンは寡黙であるし、よっこらは真逆で、デリカシーなく一日中よっこらしょどっこいしょとひとり言の連続で、テレビを見てもひとりでああだこうだ言っているので、これ以上彼の言葉を聞きたくはならない。
 今度はどんなひとがやってくるのだろう。