白木蓮

 うーむ、こまった……。
 僕が今までミズキだと思っていた木は、どうやらミズキではなかったようである。樹木図鑑をくわしく調べてみたら、枝の張りかたや樹形がちがうのだ。
 おそらくこの木はハクモクレンであると思われる。漢字で書くと白木蓮。モクレンは濃い紫色の花をつけるが、ハクモクレンはその名のとおり白い花を枝いっぱいにつける。花の時期は春先である。
 僕がこの病院に来たのは、ちょうど花がおわったころであったようだ。残念である。ぜひいっぱいに咲いた白い花を見てみたかった。

 モクレンといえば釈迦の弟子の目連尊者を連想するが、それとは無関係らしい。
 もともとは花がランに似ているので木蘭と呼ばれていたらしい。その後、ハスのほうが似てるんじゃないかということで木蓮となった。ハクモクレンは別名、白蓮華ともいうらしい。大きくなると十五メートルくらいまで伸びるので、そこまで成長したものは大百蓮華と呼ばれる(というのはうそである)。
 
 「朝雨蓑いらず」とはよくいったもので、明け方からしょぼしょぼ降っていた雨はほどなくあがり、雲間から薄日が射してきた。
 雨上がりの森はいい。
 しっとりとやさしく、雨をいっぱいに吸いこんだ木々のにおいにつつまれる。ほんのひととき、そんな森の空気を堪能してきた。
 
 森は日々、時々でその表情を変える。
 明け方の森、昼間の森、夕暮れ時、そして夜。それぞれに趣があって、いつ行っても癒される。僕はこれからも、季節の移り変わりをこの森で感じるのだろう。
 
 日曜の病棟は、ちょっと独特である。ドクターは来ないので、これといった処置もなく、われわれ患者はいつにも増してヒマになる。そのかわりにお見舞い客がやってきて、病室はもとより、廊下やロビーも、平日にはあまり見かけないひとたちでにぎわう。もっとも、この部屋はクリーンルームなのでお見舞いも制限されているので、あまり普段と変わりがないが。
 
 やがて夕方になり、お見舞客たちが帰ったあとの、しずかでちょっと哀愁ただよう病棟の雰囲気が僕は好きだ。
 ひと気のなくなった廊下を通って、ハクモクレンのもとへ行きたくなる。そして夕空に枝を見上げて、「ああ、今日も一日がおわるのだな」としみじみ感じるのだ。
 もし僕の治療がうまくいって、数年後にこの木のもとへやってくることがあったら、そのとき僕はなにを感じるのだろうか。そして木は、今とおなじように僕になにかを語りかけてくれるのだろうか。
 その日がくるまで、どうか元気でいてほしい。


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