慈雨のミズキでかんがえた

 一旦やんだ雨が、いつの間にかまた降りだした。
 慈雨、とでもいうべきか。
 風もなく木々の葉は揺れず、ひんやりした空気の中をごく細かい雨粒が音もなく落ちてくるという降りかたである。しっとりしずかに草木を慈しむ、そんな雨であった。
 
 日本語には雨の名がじつにたくさんある。
 俄雨(にわかあめ)、霧雨(きりさめ)、氷雨(ひさめ)、時雨(しぐれ)、小糠雨(こぬかあめ)、地雨(じあめ)、村雨(むらさめ)、霖雨(りんう)肘笠雨(ひじかさあめ)、篠突雨(しのつきあめ)、豪雨(ごうう)、驟雨(しゅうう)、瑞雨(ずいう)、甘雨(かんう)、天泣(てんきゅう)

 ざっと調べてみても書ききれない。聞いたこともない名前もあるが、そのなかでもひときわ変わった天泣(てんきゅう)という雨は、いわゆる天気雨のことだそうだ。狐の嫁入りともいわれる。
 雲もないのに雨が降っているのを見て、むかしのひとは、これを天が泣いている姿にたとえたのだろう。その感覚がすばらしい。
 
 僕は日本人のこういう細やかな感性がとても好きだ。ただ上空から水滴が落ちてくる降雨という気象現象をしずかにじっと見つめて、その表情の違いに注目し、表現する言葉を使いわける。日本人がこういう感覚をもった民族であること、そしてそういう日本語を母国語としていることに、僕はいささかの誇りを感じるのである。
 
 そしてミズキの根元で考えた。なぜか統計学についてである。
 ちかごろは医療現場でもしきりに統計学が応用され、手術の成功率は○パーセントであるとか、五年生存率は○パーセントであるとかよくいわれる。けれどもよく考えてみると、それは全体としては過去あまたのデータから割り出されたただしい数字かもしれないが、病気をやっている本人にとっては、生き残れば生存率百パーセントであり、死んでしまったらゼロパーセントであったことになりはしはいか。個にとっては、それぞれにゼロか百かしかないではないか。
 全体的統計学上でいえば僕の生存率などたかが三十パーセントである。しかしそこへむかって進んでいる僕自身は、あくまで百パーセントを目指しているわけで、それが叶わなかったらゼロパーセントだったということにすぎない。
 だからもう統計学の数字を考えるのはやめようと思った。僕は個人であって全体ではないのだから。
 
 おそらく今後課せられるであろう禁忌、注意、自己管理なども、完璧にやってのけるのは僕にはちと無理だと思われる。医学的にはよろしくないこともしてしまうかもしれない。ただそこに、これをしたら○パーセント、しなければ○パーセントという統計学をあてはめることはあまり意味がないのではないかと気づいたわけである。
 
 ドクターの言うことはおそらく常に正しいのだろう。医学者なのだから。けれども、終末期医療やクオリティオブライフとまではいわないが、医学的最善をつくすことが人生の最善とかならずしも一致するものでないことは、なにも終末期に限ったことではないのではないだろうか。たとえ医学的にはマイナスであっても、そのひとにとってはとても大切なことというものもあるのだ。
 時にやすみ、時にがんばり、負けそうになりながらも進み続け、結果として生き残れるかそうでないか。そしてその結果がゼロか百か。そこに統計学は不在なのである。
 
 さて、マ氏もいなくなりストレス源のなくなった749号室であるが、なぜか僕は心がざわざわと落ち着かず、朝から三回もデパスを飲んでいる。思いあたることは、どうやら氏からこうむったストレスがじわじわと後から効いてきているのではないかということくらいである。だとすれば、あなおそろしやマシンガンである。
 しかししゃっくりもかゆみもずい分よくなってきたのでありがたいし、今回は発熱もなかった。また便秘がすこしあったが下剤のやけくそ飲みでするっと出たので、前回のような惨事にはならなかった。よかったよかった。
 そしてタカハシさんと二人きりだった病室に、イーダさんが二回連続外泊から戻ってきた。さすがに短期間で二度も家に戻ったので鋭気ばりばり、顔もツヤツヤ。体重が二キロもふえたとにこにこ顔である。

 この病室は縁起のよい病室なのだ。みなそれぞれに厳しい状況で入ってきても、いつの間にかよい状況になっていく。かのマ氏だって移植後の経過が順調で、来月にはめでたく退院のはこびとなっているらしい。短期間でもこの部屋にいた功徳であろう。
 だからおそらく、僕の生存率もきっと百パーセントにちがいないのではないかと、慈雨につつまれたミズキがそっと僕に語り掛けてくれているような気がした。