フォースの覚醒

(いやあ、うまい。えもいわれずにうまいなあ……)
 午前四時。僕はミズキの下で二十七時間ぶりのタバコを堪能していた。気まぐれ一日禁煙はどうにか成功をみた。ニコチンが全身にゆきわたり、脳髄から指の先まで心地よくしびれた。
 
 五月の夜明けは早い。早くも空がわずかに明るみを帯び、澄んだ空気にミズキの葉がしずかにそよいでいた。早起きの蚊が一匹、僕の足を刺していった。
 気まぐれ禁煙と同時に、気まぐれ軟禁特訓もほぼ達成し、昨日はまる一日建物から外にはでなかったし、部屋からも、湯水をくみにでた以外は、気分転換に廊下を一周まわっただけで、あとはずっとベッドわきの椅子にすわってPCをいじくっていた。
 今回は一日だけだったが、一日を二日、二日を三日、三日を五日、一週間と伸ばしてゆけば、やがてやってくる無菌室監禁もなんとかしのげるのではないかと思われた。
 
 夜明けのミズキを見上げ、ニコチンと朝の空気を交互に胸いっぱいに吸いみながら、僕はあのひとが二度目に病室をおとずれたときのことを思い出していた。前回、なんの前触れもなく突然病室の入り口にあらわれた、一年半まえに別れたあのひとである。
 
 彼女はさゆりさんといった。
 さゆりさんは、今回もまた、なんの前触れもなくあらわれた。またしても突然のことだったので、前回ほどではなかったにしろ、僕はそれなりにおどろいた。彼女が前回来てから、まだ一週間そこそこしかたっていなかったし、なにより前々日に新宿で会ったばかりだったのだから。
「なんだ。メールでもくれればよかったのに」
 僕は若干うろたえながら、まぬけにも前回と同じセリフを口にした。さゆりさんは、ちょっと考えてから、
「連絡をして、『くるな』と断られるのが怖かったのよ」
 とこたえた。
「そんなこと、言うわけがないじゃないか」
 当然そう言ったが、彼女には彼女なりの思いがあるのだろう。
 
 前回の訪問は一年半ぶりの再会だったので少々しめっぽいものになってしまったが、会うのも三度目ともなると互いに余裕ができてきた。もともと彼女は関西の出なので明るくて面白いひとなのだ。
 なにしろ関西のひとの笑いに対する思いはたいへんつよく、テレビの中だけでなく一般の生活の中にまでふかく笑いが浸透している。関西人は二人よれば瞬時にアドリブでボケとツッコミを三手先くらいまで互いに読みあって会話ができるが、関東人はせいぜいひとりでひねくったオヤジギャグのダジャレ程度が精いっぱいであるので、東西のレベルの差は歴然としている。
 その、「おもんない関東人」のなかでも、僕などはさらに「どうしようもなくおもんない」部類の人間である。自分でもそれはよく自覚しており、たまに(おれはどうしてこんなに笑いとおもしろみに欠けているのだろう)と悲しくなることがあるが、持ってうまれたものと、幼少時代からの長い暗い生活習慣によって醸成された性分なので今さらどうすることもできない。
 けれども、そんな僕をさゆりさんだけは「おもしろい」と言ってくれるのだ。関東関西を問わず、僕のことをおもしろいなどと言ってくれるのは彼女だけである。どうやら僕の発言は彼女だけにはどこかのツボにはまるのだろう。
 
 以前、彼女とこんな会話をした。
「あなた、三度結婚して離婚したのでしょう? じゃあ、わたしは?」
「……うーん、ファースト、セカンド、サードまでいたから……、フォース? 候補? もどき?」
「あはは、フォース候補かあ、いいわねそれ」
 僕が遠慮がちにおそるおそる発したこたえに、彼女はコロコロ笑った。関東の女なら激怒しかねないところだ。
 
 今回、彼女とその話になった。
「そういえばむかし、そんなことを言っては笑っていたわよね」
「そうだね」
「そうするとさ、今のこの状態は、わたしはどう呼ばれればいいのかしら?」
 僕は、しばらく考えた。
「フォースの……、覚醒?」
「あはははっ、いいわそれ!」
 病室のカーテンの中で、彼女は声を押し殺して爆笑した。
 
 人生には、余生というものがある。それまで一生懸命に生きてきて、今はもう悠々自適の余生です、などというやつである。ならば、余妻、余夫というのがあってもいいかもしれない。長い事一緒にやってきて、もう情念とか利害とか依存とか怒りとかの領域をとうに乗り越えて、しっとり落ち着いた悠々自適の夫婦関係という域だ。
 
 ふと気が付いてみたら、僕がさゆりさんと過ごした時間は、他のどの女性と一緒に過ごした時間よりも長くなっていた。今回の一年半のブランクはかなり長かったけれども、それなりに何かが大きくむけた気もする。
 僕とさゆりさんがこの先どうなってゆくのかはわからないが、悠々自適のフォースの余妻……。
 それはちょっと語呂がわるくておもんないな。