マシンガンは、とつぜん火を噴き放った

 昨日、病室でこんなことがあった。
 夕方、イーダさんがベッドでテレビをつけた。彼はいつもちゃんとイヤホンをしてテレビを見るのだが、そのときにかぎってどういうわけかイヤホンをするのをわすれてしまった。

 すぐに気づいてイヤホンをするのかなと思ったが、彼はどうやらイヤホンをつけているつもりで音声を聞いていたのだろう。そのまま彼のベッドのカーテンごしに二~三分間、テレビの音が漏れてしまったのだ。

 僕は日記を書いていたのだが、漏れてきた音はしずかなニュース番組だったので、まあそれをBGに書くのもわるくないかと何も言わなかった。この病室は僕にはいつも静かすぎるのだ。しずかなBGとか、ニュース番組くらいがしずかに流れていたほうが僕としてはありがたかった。
 タカハシさんはいつものとおり無気配のままであった。

 そのときである。マシンガン・ザマ氏が火を噴いた。
「あの、すいません。テレビ、イヤホン使ってもらえますか?」
 カーテンごしに、やけに威圧的で苛立った口調だった。
「あっ、ごめん。忘れてた。すいません」
 イーダさんはすぐに謝ったのだが、マシンガン氏はその言葉を遮るように、そしてさらに高圧的に、
「ここはイヤホン限定になっていますから、そういう規則ですから、そこはお願いしますね」
 とつづけた。まるで自分がこの部屋のルールの管理人であるかのように。
 
 マシンガン氏とイーダさんは、じつは僕がこの部屋に入ってくる前にちょっとの間同室だったらしい。その間にどんなトラブルがあったのかなかったのか僕は知らないが、マシンガン氏のいかにも威圧的で喧嘩ごしなその物言いは、いっぺんで平和な病室の空気をぶち壊してしまった。
 イーダさんだってイヤホンを使いわすれたのはこのときだけのことだ。ちょっとしたミスをそれほどまでに責める必要があったのだろうか。「すみません。イヤホンを使ってもらってもいいでしょうか」と遠慮がちに言えば、じゅうぶんことは足りるのだし、平和的な空気をかき乱すこともなかったはずだ。
 イーダさんはさらに謝ってイヤホンをすぐにつけた。
 僕は隣で聞いていてとてもかなしい気分になった。マシンガン氏の気持ちも理解できなかったし、何よりそんな風に言われてしまったイーダさんが可哀そうでしかたなかった。
 
 こういう共同生活でいちばん大切なのは、たがいにちょっとずつの気遣いと、ありがとうとごめんなさいであると思っている。みんながちょっとずつそれを忘れなければ平和は担保される。
 
「どうも見舞いの者が長時間うるさくてすいませんでした」
「いえいえ、とんでもない」
 当然の謝罪である。
「昨日は○○してくれて、ありがとうございました」
「いえ、どういたしまして」
 当然の感謝である。
「ちょっと○○したいのですが、いいですか?」
「どうぞどうぞ」
 当然の気遣いである。
 
 そういう僕は今日、大きな声でタカハシさんの眠りを妨げてしまったのでえらそうなことは言えないが、まあ昼間のことだったので素直にわびて勘弁していただいた。
 
 小学校時代、クラスにひとりくらいこういう規則の番人のような子がいたと思う。それはたいてい女子だったが。
 僕には、なんだかマシンガン氏がとても子供っぽくみえてしまった。
 彼はよくベッドの上でケータイで長電話をしているのだが、それはおそらく彼的規則上はオッケーなのだろう。僕にはイーダさんのテレビよりずっと耳障りなのだけれども、いまのところは黙っている。