馬車馬エリーのはなし

「龍さんねえ、一日に何本もアップしたり、かと思えばまったくアップしない日が続いたりすると、読んでいる僕らは心配になっちゃうから、たくさん書いた日は溜めておいて、毎日一本ずつアップしてくれない?」
 先日来てくれた友人がそう言った。
 そうなのだ。たしかにそうなのだ。こういうアップの仕方は読み手に親切ではないし、ブログ運営にあたってやってはいけないことであることはちゃんと承知しているのだ。承知をしているのにどうしてそういうアップのしかたをするのか。自分でもよくわからなかったので考えてみた。
 どうやら僕はこのブログを日記のような、いや、もっといえばSNSもののような感覚でとらえているようである。
 今こんなぐあいです、とか、今こんなことを考えています、などそのときそのときの気持ちや状況をリアルタイム、もしくはそれに近い状態で発信したいのではないかと思うのだ。
 そんなわけなので、この勝手気ままかつムラのありすぎるアップは今しばらく続くと思われるが、どうかこのわがまま勝手な作者をゆるしていただきたい。
 
 さて、話はエリーのことである。
 ある結婚式場でウェディングの馬車をやることになった。式場自体はとくに危険な場所ではないし何も問題はなかったのだけれど、式場のある場所が問題だった。
 その式場は、線路のすぐ脇にあった。線路と式場の間には道路が一本通っていて、馬車は式場からこの道路に出て、周囲を一周まわって戻ってくるというコースになっていたのだが、この線路が問題だった。
 馬という生きものは、見たことのないものに対してとてもおびえる。ましてそれが電車というばかでかい鉄のかたまりで、ゴーゴーと轟音を響かせて自分のすぐ脇を通りぬけ、さらに最悪の場合「プワーン」などと警笛を鳴らしたりしたら、はじめてそれを体験した馬は、恐怖のあまりパニックになって暴走しかねない。実際そこの式場では過去に馬車でそういう事例が発生したことがあるらしく(それはリハーサル時だったので事なきを得たらしいが)、そこにだけはたいへん神経をとがらせていた。
 
 そこでリハーサルとして、エリーに馬車をつなぎ、式場のゲート前、つまり線路脇の道路に停車させ、電車の通過を体験させてみることになった。エリーには本番とおなじ遮眼革――馬の視野を前方のみに限定させる装具――をつけ、電車はエリーの後方から来るという設定である。
 これにはさすがに僕もエリーがどういう反応をするか想像もつかなかった。エリーは線路も電車も間近で見たことがなかった。そこで、仮にエリーがパニックになっても、また暴走したとしても対応できるようにスタッフを万全に配置して電車を待った。
 やがて後方から電車がやってきた。そしてみるみる近づいて僕らのすぐ脇を通過した。
 そのときエリーは……、「なあにい?」とでもいうようにゆっくりと首を電車のほうに向けただけで、ただじっとそこに立っていた。
 電車は轟音を響かせて遠ざかっていった。

(この馬は……、どこまで図太くできているのだろう)
 その、馬とも思えぬ神経の太さに、僕はそのとき御者台でほっとするとともに感心したものだ。
 
 エリーは、ふだんはいつもぼーっとしていた。馬房の中でもそうであったし、放牧してやっても喜んで歩きまわるようなことはなく、ただひたすらぼーっとしていた。
 けれども、前にも書いたとおり、いざ馬車をつないで仕事となると、エリーはよく僕のオーダーに従った。
 一歩前へ、一歩後ろへ、一歩右へ、一歩左へ、首だけ右へ、左へなどなど、カメラマンの要求に的確に僕らはこたえた。
 
 しかしエリーにも苦手なものがひとつだけあった。
 それはふわふわと舞い転がってくるコンビニの袋である。こういうひらひらふわふわしたものはたいていの馬が怖がるが、エリーもこれだけは例に漏れなかった。馬車を引いているときに道路脇からコンビニの袋がふわふわ飛んでくると、「いや! アタシいや。あれキライよ!」とばかりに袋と反対の方向へにじり逃げて行こうとする。
「はい、はい」
 僕はそう声をかけてやり、反対側の手綱を少し引くのであった。
 
 僕とエリーは数メートルの長い手綱二本だけでつながっていた。馬車においてはそれはあたりまえだけれども、これは馬に直接乗って御すよりはるかにむずかしいことなのだ。
 僕とエリーの間には、僕とエリーにしか通用しない合図がいくつかあった。前述の細かい一歩の動きなどはそれを駆使してのことである。
 
 こうして僕らは、結婚式やイベント、そして遊覧馬車と、あちこちでかけて仕事をしたのである。


f:id:oitan1961:20160523151735j:plain