ミズキは今日もやさしく葉をそよがせていた

 ミズキの木を知っているだろうか。
 わりとどこにでも生えている木だと思うのだけれども、この木が病院の裏の森に生えており、僕はいつもこの木の根元に腰かけてイップクしている。
 
 ミズキは丸い葉っぱをしている。青空にのびた枝にしげった丸い葉っぱを見上げていると、気持ちがほっと落ち着く。そんなやさしい木である。
 その丸い葉っぱが茂っているところが何かに似ていると思ってよく考えてみたら、血球の顕微鏡映像であった。また嫌なものを思いだしてしまったものだが、それと決定的にちがうのはミズキの葉はあざやかな黄緑色をしているところである。青空をバックに黄緑色の丸い葉が重なりあって風にそよいでいる姿は、見るものをやさしい気持ちにしてくれるのだ。
 
 そんなミズキのところへ一日に何度も通ううちに、僕はあることに気がついた。
 たしかに僕はここにイップクしにくるのだけれども、それはタバコが吸いたいだけではないのではないだろうかということである。
 病室にいる時間は何かをずっと押し殺していなければならない。それは前回も述べたとおり多床室の宿命である。そして息がつまってくると、僕はこの木のところへ来たくなるのだということに気がついた。
 ミズキの下でイップクする時だけ、僕は圧縮から解放されて自分を取り戻せる、そんな気がするのだ。
 
 しかしタバコはやめなくてはいけないのだよなあ。
 主治医からも禁煙するように言われている。
 タバコの発がん性は誰もが知るところだが、調べてみたらそれが白血病の原因そのものにもなりうるらしい。
 しかしタバコ吸いというのはじつに業のふかいもので、そうとわかっていながらもなかなかやめられない。やめた人間は得意げにそれを語るが、やめられない人間はその言葉をすごいなあと聞きつつも、うじうじと吸い続けるのだ。
 僕は入院してから禁煙ガムなど買ってみたものの、そんなものでタバコの代わりになるわけもなく、また吸いたい気持ちを我慢できるものでもなく、結局一日に何度もイップク場に通っている。「今は血球がいちばん増えている時期だからいいのだ」だの、「無菌室に入ったらいやでも完全禁煙しなければならないのだから今のうちだ」だのと都合のよい理由をくっつけて。

 明日から五日間、二度めの抗がん剤投与がはじまる。
 また点滴棒に重いポンプが取り付けられて、僕はそれに二十四時間つながれるのだ。前回の抗がん剤治療のときは、その重い点滴棒をずるずる引きずってイップク場に通った。体調のすぐれない時にも這うように行き、一本吸って気分がわるくなったこともあった。
 それでも前回、一日に一~二本というところまできたので、おそらく禁煙そのものはやろうと思えばできるのではないかと思うのだけれど、ミズキの木のところに行けなくなるのはさみしい。一日じゅういろいろなことを押し殺していなければいけない病室で、ずっと点滴棒につながれてどこへも行かないなどという芸当は、僕にはおそらく無理だと思われる。ストレスで具合がわるくなってしまうかもしれない。
 
 そんなことを、さきほどミズキの木の下でイップクしながら考えた。
 夕暮れ時、ミズキは黙って丸い葉っぱを風にそよがせていた。
 どうやらこのミズキの木が、今の僕のいちばんの友だちであるようだ。

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