また友だちが来てくれた

 この7C病棟は、血液内科の病棟である。正確には腫瘍血液内科といい、僕らのような白血病悪性リンパ腫といった、いわゆる血液のがんと呼ばれる病気のひとたちばかりが入院しているフロアなのだ。
 必然的にみな抗がん剤の副作用で僕のように頭髪が抜けている。
 さすがに女性は帽子をかぶったひとが多いが、男は堂々とハゲ頭をさらしているひとが少なくない。つまり僕をふくめて右をみても左をみても、はたまた向こうから廊下を歩いてくるひとも、みんなハゲ坊主なので、ここはお寺かと思う。
 そんな7Cハゲ坊主のなかには徳の高そうな高僧もいれば、まだ修行途中といった感じのひともおり、僕などはまだまだ若僧の部類である。
 
 さて、そのお寺フロアの一角の749号室に、いかつい男が二人あらわれた。僕のカヤック時代の友人である。もう十年ぶりほどにもなろうか。懐かしい顔であった。
 僕が川でカヤック遊びをやっていたのはそれほど長い期間ではなかったのだけれども、僕の病気を聞きつけてこうしてやってきてくれる情にあつい友人である。
 
 趣味を通じての友人というのはいい。ここにちょっとでも仕事関係がからむと、どうしても上下関係や、利害、損得、へりくだり、卑屈、恨みつらみ等の感情が生じてしまうが、仕事と関係のない友人ならば対等である。どこぞのシャチョーさんであろうが、貧乏プー太郎であろうがまったく対等で、そこに尊敬の念が生じるとすれば、カヤックがうまいであるとか、かっちょいいテントを持っているであるとか、おいしい野良料理がつくれるなどといったこと以外にはないのだ。
 
 その当時、僕はポンコツ車にカヤックと犬を積んでよく川へ行った。たいていは数人の友達と現地で合流する。はじめは川下りなどをして遊んでいたが、しだいに瀬で遊ぶのが楽しくなり、たいしたワザなどできなかったが一日じゅう瀬で遊んだ。
 
 川からあがったら、それぞれにテントを張って食事の準備である。たき火も欠かせない。むろん、○○キャンプ場などという俗たけたところではなく、きっぱりはっきり単なる河原で、気持ちがよさそう、かつ、たき火が出来そう、かつ、誰にも文句を言われなさそうなところを選ぶのだ。
 
 だいたいテントを持って川遊びに来るような者は野良料理にたけており、手早くチャッチャとうまいものをつくってしまう。そしてそういう者が数人もあつまれば、ひとりくらいはダッチオーブンなどの秘密兵器をもってきて、なにやら外国料理などをつくってくれたりするので、食にはこと欠かないのだ。
 そして食事がおわったら、たき火をかこんで酒を酌みかわし、星空をあおぎ、川の瀬音を聞きながら語り合うのである。河原でたき火をしながら酒を飲み、しかも家に帰らなくてよいというのは、人生最大のしあわせなのだ。
 そしてそれぞれに適当に酔いがまわったところで、ぐへへへなどとうめきながら自分のテントにもぐりこんで眠ってしまう。
 川において、僕らは常に自由であった。
 
 まあ、そんなようなことをしてよく遊んだ友人ふたりなのである。
 当然、病室で昔ばなしに花が咲いた。自分でも忘れていたむかしのことが思い出されてなつかしかった。
 そしてすこし川が恋しくなった。
 
「ブログ読んでるから、がんばってね」
「退院したら一緒にたき火をやろう。約束だよ」
 遠慮がちなその言葉にやさしさがこもっていた。
 いいというのに遠くからわざわざやってきてくれたことに対して感謝がつきなかった。
 もう道具一切を手放してしまったのでカヤック遊びは無理かもしれないが、河原でたき火は魅力的である。
 もし僕がこの川の流れをうまく漕ぎ下れたら、そのときはきっと、このひとたちとどこかの河原で人生の自由を満喫したいなと思った。
 
「うん、ありがとう。絶筆にならないようにがんばるよ」
 僕はそう答えて、坊主あたまをポリポリと掻いた。