第二の妻

 僕がトラック運転手にもどるかもどらないかのころ、第二の妻と知り合った。
 北海道のひとだった。
 妻は動物が好きで、ある日シェパード犬の子犬を買ってきた。クリスマス間近のことだったので、クリスという名前をつけた。よく言うことをきく気立てのよい雌犬であった。
 
 妻は毎晩自分のベッドでクリスと一緒に寝た。しかし僕のベッドにクリスが乗ることは禁止されていた。僕はベッドが犬の毛だらけになるのが嫌だったのだ。
 僕と妻は、クリスがやってくる前から別室で寝ていた。ひとりひと部屋である。一人っ子だった僕は、自分の部屋がないとどうにも落ち着かないので、結婚当初からそうしてもらった。
 
 またある日、妻は道ばたで死にそうになっていた黒い子猫を拾ってきた。
 クリスと猫はよい友達になった。そして妻はこの猫もベッドにあげて、二匹とひとり、一緒に寝るようになった。
 この猫は、僕のベッドにもあがることを許された。猫はべつに毛だらけになることもないから、僕は禁止しなかったのだ。
 それを見たクリスがある日、僕がデスクに向かっているときに、僕に気づかれぬようにそうっと僕のベッドにあがった。ベッドはデスクの背後にあった。気配でそれと察知した僕は、肩越しにクリスをじっと見つめた。
「キミはそこにあがっていいのか?」
 という気持ちをこめて。
 するとクリスは上目遣いで僕を見ながら、ゆっくりと、バツわるそうに、それでいていかにも不満たらたらにベッドから降りた。猫はよいが犬はだめ。まことに理不尽きわまりないが、群れのボスである僕が決めたルールなのだから仕方がないのである。
 
 このころ、僕はよくクリスを連れて川へカヤック遊びにでかけた。
 彼女は水が大好きで、どんなに寒い真冬でも、川を見るなり小走りに走っていってそのままざぶざぶと水に入り、僕と一緒に遊ぶのであった。
 一日中川で遊んだクリスは汚れがすっかり落ちて毛がふさふさになっていいにおいがした。何回シャンプーしてもそんなにきれいにならないのに。そして泊りがけで川に行くときだけ、クリスは僕のテントに入って寝ることをゆるされた。シュラフの中には入れなかったけれど。
 
 妻もはじめのうちこそ川についてきたが、そのうち家で留守番をするようになった。そして徐々に川だけでなく、家の中でも僕と行動を共にするのを避けるようになっていった。
 彼女は、僕が怒るのを見るのが嫌だったのだ。
 彼女とは、あまり喧嘩をした記憶はない。けれどもいろいろなストレスから僕はひとりで怒って、やはりまた物にあたったりすることが少なくなかった。
 やがて彼女は僕に内緒で精神科に通い、薬を服用するようになった。僕の怒りはまた、それほどこの妻も追いつめてしまったのだ。
 
 その後、僕はとある女性と知り合い、その女性が生死の危険にさらされていることを知り、何とか助けたいと思った。けれどもそれには、妻と別れてその女性と生活を共にする以外になかった。
 僕は身勝手にも、妻に頭を下げてそれを実行した。
 妻は犬と猫を連れて出ていった。
 そうして僕の二度目の結婚は終わりを告げた。
 このことは、妻はもちろん、妻の両親をも激怒させた。当然である。僕は妻をさらに深く傷つけてしまったのだ。
 
 後日、風のうわさで、このとき妻はほっとしたのだと聞いた。怒ってばかりいる僕とやっと別れられると。
 今はただ、彼女がしあわせに暮らしてくれていればよいと思う。万が一そうでなかったらその責任の一端は少なからず僕にある。
 この第二の妻に対しても、僕はちゃんとあやまらなければならない。その当時もあやまったかもしれないが、今またそういう気持ちである。
 そして今、しあわせに暮らしていることを祈るばかりである。