ミュージシャンだったころ

 当時、僕にはドラムを演奏するにあたってひとつの信条ともいうべきものがあった。
 それは、「強く叩くこと」である。
 強く叩きさえすればよい音が出ると信じ、あながちそれは間違いでもなかったらしく、周囲のひとたちからはたびたびほめられた。
 プロになりたてで右も左もわからなかった僕は、ほめられればうれしくなって図に乗り、さらに強く叩き、しまいに親の仇のように叩きまくるようになった。
 レコーディングではワンテイクでヘッドがダメになり、ツアーではシンバルが割れ、しまいにキックのペダルまで踏み割った。
 
 今ではその考えはかならずしも正しいとは思わないので、もし今演奏する機会があるとすれば、体力的なことも含めてもうちょっと音楽的に演奏すると思うが、当時はひたすら強く強くとばかり考えていた。

「なあ龍之介よう。たまには席につけよ」
 話は変わるが、これは僕がプロになる前、歌舞伎町のホストクラブで演奏していたときに、ある日バンマスから言われた言葉である。
 席につく、それは演奏の合間にお客さんのテーブルに座ってお客さんの機嫌をとることを意味する。それはその手のバンドにおいては常識的サービスで、僕より若いメンバーも率先して席につき、いわゆる「お金持ちのお客さん」にかわいがられてチップなどをもらっていた。そうやってお金持ちに気に入られ、芸者が旦那にかこわれるようにお金を得ることがよしとされる世界であった。
 
 けれども僕にはどうしてもその考えは受け入れがたく、一回も席につくことはしなかった。バンマスにすればかわいげのないメンバーだったことだろう。やがて僕はクビになってしまった。
 しかし今にして思えば、このバンドでそういうスタンスで、もしもう二~三年も続けていたら、おそらくその後、僕はまともなミュージシャンとして仕事ができなくなっていただろう。おなじミュージシャンでも、ホストクラブの客席でご機嫌とりをするミュージシャンと、ツアーやレコーディングで活躍するミュージシャンとではアメリカ人とアフリカ人ほども違うのだ。

「龍之介はどうして音楽やってるんだ?」
 これは、アマチュアバンドでやっていたときに他のメンバーに言われた言葉である。
 毎週のように渋谷や新宿のライブハウスで演奏して、けっこう少年少女たちには人気のあるバンドだった。
 そのバンドでも僕はわがまま勝手なことを言い、協調性に欠けていたのだろう、業を煮やしたギターが、ある日僕にそう言った。その言葉をきっかけに口論となり、僕はまたもやクビになった。
 そのバンドは後にメジャーデビューし、あれよあれよという間に一世を風靡し、やがて日本の音楽史に名をのこす偉大なバンドとなった。
 あのときもう少しおとなしくしていたら、僕の人生はまた違ったものになっていたかもしれない。
 
 まずまず、そんなこんなのミュージシャン時代が、僕の第一の人生である。
 ただただ情熱と勢いだけで生きていた、そんな時期であった。
 よくもわるくも若かったのである。