わっせわっせ

 そういうわけで、今の僕の気持ちは、ええいままよと本流にむかって漕ぎ出そうというところなのである。
 ことによるともう漕ぎ出していて、滝を横目に本流を横切ってわっせわっせと滝脇の流れに向かっているのかもしれない。
 気持ち的にはそうなのだが、現実的生活においてはこれまでとかわらず何ごともない毎日を繰り返している。主治医にもまだ決心を告げていない。
「まあなんとなくそちらの方向に気持ちは傾きつつありますね」
などと言ってお茶を濁している状態である。

 この状態は、恋愛における「愛してます」のひとことが言えない状態に似ている。
 「好きです」でも、「つき合ってください」でもなんでもいいが、そういう最後の決定打を口にするのは、なかなか勇気のいることで、「○○ちゃんてかわいいよね」とか、「またごはんに誘ってもいいかな」などと意気地のないセリフでうじうじ時間稼ぎをしているのに近い。

 しかし僕の今の場合は、「嫌です」と言わないかぎり自動的に移植をする方向へみちびかれてゆき、また承諾書だなんだの書類にさくさんサインをさせられて、「わたくしは、そういう危険もこういう危険もすべて理解したうえで、この処置をうけることに同意します」という流れになり、自動的に決定打を放ったとおなじことになってしまうのだろうから、このままそれは口にしないでお茶を濁し続けることも可能かもしれない。
 
 ともあれ最初の抗がん剤治療が終了してから四週間が過ぎ、僕の血球は順調に数を増やし、現在は発熱や感染などもない。
 今日、骨髄検査をして、その結果、悪ものの白血球が五パーセント以下ならめでたく第一寛解ということになる。そして、さあ移植に向けて地固め療法いきましょう、ということになるわけである。

 地固め療法というのは、寛解をより強固にするために、わずかに残った悪もの白血球をさらにやっつける放射線治療のことである。そしてめでたく適合ドナーさまが見つかったら、いよいよ移植の前処置、つまり大量の抗がん剤放射線によって白血球がまったくいない状態にする治療がおこなわれるのだ。
 主治医は臍帯血移植をすすめていた。生体ドナーからの骨髄移植よりもそのほうが適合率がはるかに高いし、待ち時間も短縮されるからだそうだ。骨髄バンクとおなじように臍帯血バンクというところがあって、ドナーさまの臍帯血がたくさん冷凍保存されており、そのなかから僕の白血球と型が合うものを探すだけだからだと。
 
 そのあたりがまあ移植の第一の山場といえるだろう。その後もいくつも山場を乗り越えていかねばならないのだが、主治医は、順調にいけば移植は七月ころ、そしてその後二~三か月くらいでの退院を見込んでいるようである。
 
 いずれにしても、いったん流れに突っ込んだからには、あとはただ順調にいってくれることを祈るばかりである。途中で沈してあがってこなかったら、どうか線香の一本、花の一輪でも手向けていただければありがたい。

 わっせわっせ……。