まだパドルは折れてはいない

 夜明けとともに目が覚めた。昨日の風とうってかわってしずかな朝であった。久しぶりの青空である。
 森の空気は凛としてうごかず、木々の葉の一枚一枚が朝の空気をふかく吸いこんでいるようにみえた。
 鳥たちがしきりにさえずっていた。竹の葉がくるくると舞いながら落てきた。

「積極的に死のうとは思わないけれども、死んでしまってもいいと思う」
 すこし前に友達とチャットしているときに僕はそう言った。
「うん。それはすごくわかるなあ。おれもおなじだ」
 友達がそう答えた。
 おそらく彼と僕のそのときの気持ちはけっしておなじではなかったのだろうが、妙に意見が一致した。
 
 五十歳を過ぎたころから、僕の頭の中で死というものの存在がすこしずつ大きくなってきていた。
「いつかは死ぬのだから、それなら今死んでもいいな」
 馬車屋の仕事をなくしてから僕は心と身体を壊し、仕事をしたりやすんだりの繰り返しだった。僕に残っていたのは、遅々として返済がすすまない多額の負債だけだった。
 ただ、年老いた両親を残して逝ってしまうのは嫌だった。僕は両親にとっては唯一の子であるので、そのかなしみを思うとそれはできないなと感じた。
 
 そんなときにこの病を得た。放置しておいたら二か月ほどで死んでしまうと医者が言った。これは来るべくして来た渡りに船なのかとの考えが、一瞬僕の頭の中にうかんだ。
  そういう思いがあったので、今までなかなか気持ちが移植のほうへ向かなかった。今でも気力であるとか、夢や希望といったものはとくにない。
 
 ここに川の流れがあるとしよう。今まで五十五年間浮かんできた僕の人生の川である。思い返してみれば、そこそこにわるい川ではなかった。おおむね楽しい五十五年間であった。
 今、僕は流れの岐路に浮かんでいる。目の前で川の流れがふたつに分かれているのだ。右へいけばその先は滝。左にも滝はあるけれど、その脇にはわずかに流れ下れるルートが見える。パドルはまだ折れてはいない。
 ここはやっぱり左の滝の脇へ漕ぎ進むべきだろうなあ。そのルートを行ったところで、その先に岩場があってぶち当たってしまったり、瀬があれば飲み込まれてしまうかもしれないが、そのときはそのときで仕方ない。僕が流れに浮かんでいられる時間がそこまでだったということだ。その先の流れがじつはどうなっているかは、ここからは見えない。
 もうそんなに力強くぐいぐいとは漕ぎ進めないけれども、どうやら流れの本流は左のほうであるらしい。
 
 移植をするにしても、抗がん剤放射線の副作用、移植後のさまざまなトラブル、そういうものは怖いし、いくじなくそれに負けてしまうかもしれない。
 しかしそうなってしまったらそれは仕方がないことだ。移植をうける人みんなが確固たる決意と信念に燃えてうけるというわけでもなかろう。そういうものをしっかり持っていないとこれを乗り越えることは困難だというが、いくじなくよろよろとそちら向かってすすむフネが一艇くらいあってもよいのではないかと思う。
 よろよろでもふらふらでも、運よく下流まで流れ着けば、またうまいタバコが吸えるかもしれない。