フィトンチッドと御禁制

 僕は森が好きだ。
 前に九州の森の素晴らしさについてちょっと触れたが、その森はほんとうにすばらしく、国定公園のなかの手つかずの広葉樹林で、今では貴重な森であった。
 当時、馬車屋をやっていた僕は、毎日厩舎からの帰り道、日暮れ時にその森にひとりでたたずみ、鳥の声や木々のざわめきを聞き、森の向うの玄界灘に沈みゆく夕日をながめていた。高木のはるか上の空をねぐらにむかって飛んでゆく鳥たちがいた。草の影からいたちやイノシシが顔をのぞかせた。。
 僕は毎日森へ行った。そして何時間でもそこにいられた。それは僕にとって、日々の忙しさに紛れ込みそうになる自分を取り戻す貴重な時間であったのだ。
 
 この病院の裏にもちょっとした森がある。ここも手つかずの森で樹齢何十年という大木がうっそうと茂り、竹林もある。ほんとうは病室から出てはいけないし、まして敷地の外に出るなどもってのほかなのだが、こっそり裏口からその森へ行くのが毎日の楽しみになってしまった。森は病院の裏のゲートを出てすぐ、道路をはさんだところにあるので、いつも路肩に腰を下ろしてタバコを二本吸う。もちろん僕にはタバコも厳重ご法度である。
 
 いつも僕が座る場所にミズキの大木が生えていて、若葉ごしに射しむ木漏れ日が心地よい。禁を犯してのたのしみだけれど、そこに雑菌やウィルスがいるとは思えないし、むしろ森のフィトンチッド豊富な健康的な空気なのではないかと勝手に想像している。つかの間の森林浴、ほんの十分ほどであっても、陰鬱な病室を出てそこにたたずむとき、やはり僕は九州の森にいたときと同じような気分になれるのだ。そして今の迷いからほんの少しだけ抜け出したような気分になれる。だから僕にとってそれは、大切なひとときなのである。
 
 この病院はほんとうによい場所にある。
 裏口から出ればそんな森林浴だし、表から出れば手賀沼の水面をわたってきた風が心地よい。風薫るこの時期、この空気を吸わない手はない。
 だから、こっそり抜け出してそういう場所へ行くたのしみは当分やめられそうにない。
 しようのない不良患者なのである。
 僕が抜け出していることにうすうす感づいている看護婦さんたち、もう少しのあいだ目をつぶっていていただきたい。完全無菌室に入ったら、いやでも一歩も部屋から出られない生活が長く続くのだから。
 今のうちだけ、どうかお願いします。