入院生活と禁煙のカンケイ

 タバコ吸いというものは、じつにどうしようもないものである。
 吸ってはいかんと言われても、どこかで吸えないものか、ちょっとでも吸えないものかと悪あがきをし、風邪をひいて喉がパンパンに腫れていても、咳がとまらなくても吸う。これはもう中毒であるのはもちろん、それをこえて宿業とか怨念にちかい。
 
 かくいうわたくしも、前にお話ししたとおり、入院と同時に隠れタバコ場を探りだし、日に何度か忍んで行っていた。
 最悪の高熱時ですら、解熱剤でなんとか動けるようになった隙をついてふらふらしながら行った。まさしく執念である。
 
 そうまでして吸いたいか、と聞かれれば、吸いたいのである。
 そうまでして吸ってうまいのか、と聞かれれば、うまいのだ。
 タバコ吸いなら誰でもわかると思うが、一日に二~三本だけ、我慢した末に吸うタバコのうまさはまた格別なのである。
 
 火を付けて最初の煙をふかく吸い込み、喉から肺に入ってゆく煙をしみじみとあじわい、やがてニコチンが血管に溶け込み脳髄へ到達すると、普段は何でもないのに我慢した分だけヒジョーによく効き、くらくらする。このくらくらがたまらないのである。至福のくらくらなのである。
 
 とある友人に、「あんたタバコやめなよ」とずっと言われてきた。
 そこへ今回の入院であるから、「絶対タバコなんか吸っちゃだめだからね。もう完全禁煙しなさいよ」と大きく釘を刺されているので、あまり気のりはしなかったが、それじゃあと禁煙ガムなどを買ってみた。
 タバコを吸いたくなったときにゆっくり噛むと、一粒あたり2ミリグラムのニコチンが体内に入り、吸いたい気持ちをある程度満足させ、徐々に一日に噛むガムの数を減らし、やがてはガムなしでも平気になって完全禁煙できますよというシロモノである。
 噛んでみると、まあたしかにそんなような気持ちにはなった。そしてすでに一日に二~三本しか吸えない生活を一週間以上続けてきたわたくしの身体は、ガムの説明書通りにするすると完全禁煙できてしまいそうな気にもなった。
 
 しかし、何かがちょっと違うのだ。
 タバコを吸いにゆくというのは、なんというか一日に一回、狭くてインウツなこの部屋から出てさわやかな外の空気を吸い、風のにおいをかぎ、太陽の光を浴びつつ、こころゆくまでタバコを味わうという一連の行為をわたくしの心は求めているのではないかと思うのだ。
「じゃあ散歩だけすればいいじゃないの」と言われそうだが、それもまたちょっと違う。
 うまい料理にはうまい酒がよく合い、酒は料理を、料理は酒をと、互いに引立て合うかのごとく、外に出て開放的な気分のなかでぷはーっとイップクが最高なのである。
 
 どうやらタバコ吸いがタバコを求めているのは肉体のみではなく、心も同時にそれを求めておって、なおかつタバコを取り出して火を付けてから消すまでの一連の行為をも心は求めているような気がする。
 いうなれば、肺や喉口はもちろん、手も、指も、目も、血管も、脳髄も、そして心にいたるまでどっぷりとタバコ中毒になっているのではなかろうか。
 
 これではタバコを絶つことは難しい。
 いまのところ、やめようという気持ちと、やめたくない気持ちがちょうど半々くらいで拮抗している。
 
 はたしてわたくしはこの入院中に、完全禁煙を達成できるのだろうか。