クリーンルームへ引っ越した

 僕は一般病棟六人部屋から、最上階クリーンルーム四人部屋へと移ることになった。
 
 同じ多床室でも六人部屋から四人部屋になり、クリーンルームなどという横文字がつくと、ちょっとグレードがあがってエラくなったような気分になるが、べつだんそういうわけではないらしい。これから抗がん剤治療によって白血球の数をいったんグーンと下げるので(わるい白血球もよい白血球もまとめて減らしてしまうのだ)、からだの抵抗力が落ちて、普段はどうということのない菌などにやられやすくなってしまうので、菌のすくないクリーンな部屋で生活してくださいねと、そういうことらしい。
 
 クリーンルームの入口は二重トビラになっていて、専用のシャワー室とトイレと洗面台が室内にあった。洗面台の水が出てくる部分からは、水といっしょに青い光が出て、水をクリーンにするらしい。そしてそれぞれのベッドの上の天井には、なにやら専用の空気清浄機のようなものがあり、それぞれベッドにむかって、おそらくこれもクリーンなのであろう空気を一日中ふわふわと吹き出していた。さすがクリーンクリーンクリーンである。
 しかしその他は一般の病室とそれほどの変わりはなかった。

「部屋の外に出るときは、かならずマスクをしてください。そのほかの注意書きがここにありますから、しっかり目を通しておいてくださいね」
 僕を案内してきた、ちょっとこわそうな中年の看護婦がそう言って冊子を置いて行った。そこにはいろいろ細かいことが書いてあったが、普段から手洗いやうがいといったことにはとんと無頓着な僕には、おそらく半分くらいしか守れそうもないなと思った。まだまだ病気に対する認識があまいのかもしれない。ほんとうに感染症にやられでもしたら、もうちょっときびしくなるのだろう。
 
 さて、一人になった僕は、さっそく自分のベッドをぐりぐりと動かして自分の領分を最大限にひろげ、部屋のすみっこにあった椅子を持ってきてテーブルの配置を決め、テーブルタップをコンセントに差し込んでパソコン環境をつくり、せまい空間をちょっとでも広く、そしてちょっとでも快適にした。ながい時間をここで過ごすのであるから、この最初の作業はきっちりとやっておかねばならない。
 
 ぐりぐりがさごそがひととおり終わると、僕はベッドにあおむけに寝っ転がった。他のベッドはカーテンが閉め切りになったままで、中に人がいるのかいないのかよくわからなかった。
 ともあれ僕は、この空間でこれからすくなくとも半年間は過ごさねばならないのだ。ことによると一年くらいに伸びるかもしれない。
 
「これからは、パソコンだけが友達の日々になるのだなあ」

 ふわふわと空気を吐き出す天井の空気清浄機をながめながらそんなことを考えていたら、僕はいつの間にか眠ってしまった。