ヨーコさんは余命半年

 朝七時。病院の玄関や出入り口が一斉に開く。と同時に、一階のコンビニが営業を開始する。
 エレベーターが一階で開くと、朝いちばんに新聞などを買い求める患者たちがぞろぞろとコンビニへ向かう。
 
 僕もそのぞろぞろに混ざって歩くのが朝の日課なのだけど、僕の目的はコンビニではない。その横の出入り口から外に出てタバコを吸いに行くのだ。最近の病院はたいていどこも敷地内全面禁煙で、この病院も例外ではないのでいたしかたないのだ。タバコ吸いはどんどん肩身と生息域がせまくなる一方で、ましてやこういう病院などではなおさらである。
 
 ぞろぞろに混ざってふと前を見ると、コンビニの入口を過ぎて、外への出入り口へまっすぐに向かう女性が僕の前にいた。手には小さなポーチを持っている。
「お? あれはもしや……」
 と思ったら、やはり目的は僕と同じだった。彼女は病院の敷地を出たところでポーチからタバコを取り出した。
 どこの病院にも、ひと目を忍んでこっそりタバコ吸いが集まる場所というのがあるものだ。肩身と生息域のせまいタバコ吸いたちは、入院するとまず最初にそのするどい嗅覚を駆使してその場所を探し出し、何時から何時まで、どういうルートでそこへたどり着けばよいかを探りだすのである。
 
 その朝のその時間のタバコ吸いは、僕と彼女だけだった。
 朝のひんやりしてちょっと湿り気を帯びた空気のなかで、僕は、
「おはようございます」
 と声をかけた。
 普段は滅多に自分から人に声をかけたりはしないのだけれど、そのときは開門と同時におなじルートでおなじタバコ場にきた同士という、なんだか妙な親近感というか連帯感を感じたのだ。
「あ、おはようございます。こればっかりはやめられないね」
 初老というにはちょっとはばかりある彼女は、パキパキとそう言った。細いおしゃれなタバコを吸っていた。ショートの髪をかきあげると、やはりおしゃれなメガネが朝日に光った。
「そうだよね。でも僕は今日からクリーンルームに入っちゃうから、きっともう吸いにはこれないなあ」
 彼女の口調につられてか、つい僕もそんな友達みたいな口調でそう言った。
「どこがわるいの?」
白血病なんですよ」
「へえー、あたしもガンだよ。膵臓。余命半年だって。やんなっちゃう」
 彼女は、まるでひとごとのようにそう言った。
「僕もね、五年生存率は三十~四十パーセントだって」
「へえ。あたしの場合は治療しても二十パーセント」
「似たようなもんだね」

 それからひとしきり、たばこの煙の中であれこれ話をした。
 彼女は名前をヨーコさんといった。
 四人の子供たちを育て上げ、その後会社もおこしたけれど、余命宣告されてしまったのでたたむのだそうだ。

「死ぬのはぜんぜんこわくないよね。余計な治療はしないでって言ったんだ。ただ、緩和ケアだけはお願いねって」
 ヨーコさんは、病名が判明してからまだ一週間くらいなのだそうだが、信じられないくらいあっけらかんとしていた。
 でも、僕にはヨーコさんの気持ちがよくわかった。立場や状況は違うけれども、この人もじゅうぶんに生きてきたのだろう。

「また会えたらいいね」
「うん。がんばってね」
「ありがとう。そちらもまあ、ゆるゆると」
 
 僕はいつもより一本余計にタバコを吸って朝の一服タイムを終え、ヨーコさんと一緒に病院の建物に戻った。
 得難い同志というか友人を得た気がしたが、僕が彼女に会うことは、この同じ病院の中でももう二度とないだろう。