元祖シェラカップ

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 こういうキャンプ用の食器を見たことがあると思う。
 いわゆるシェラカップと呼ばれるもので、野良での必需品である。

 ここでいう「野良」とは、キャンプその他、アウトドア全般を指している。アウトドアなどとコジャレた言葉を使ってみても、しょせんは「戸外」程度の意味あいなのだから、日本語に訳せば「野良」である。アウトドアスポーツは野良遊び、アウトドアーズマンは野良坊なのだ。
 
 若いころ、ぼくは川でカヤック遊びをやっていたので、あちこちの河原でキャンプをした。いつもこのカップと一緒だった。けれども仕事がだんだん忙しくなり、千葉県から都内に引っ越してしまったこともあって、いつの間にか野良から遠ざかってしまった。野良道具一式もなくしてしまって、ぼくの手もとにはこのシェラカップひとつだけが残った。

 さて、シェラカップのはじまりは、1892年に設立されたアメリカの自然保護団体「SIERRA CLUB」が会員用に配ったのが始まりだそうだ。1892年のアメリカといえば、まだ西部劇の時代であり、そんな時代にそんな団体ができてしまうところが、いかにもアメリカのすごいところだなと感心する。シェラカップはその使い勝手のよさでたちまち普及し、今では星の数ほど似たような金属製カップがあるのだが、それらの総称として今でも野良坊の間ではシェラカップと呼ばれている。ぼくがこれを買った当時、普通のシェラカップが千円で買えたのに、この元祖本家オリジナルシェラカップは三千円以上もしたので、なかなか買う勇気が湧かず、ぼくら貧乏野良坊の憧れのカップであった。なので、後日これを手に入れたときはたいへん嬉しくて、撫でさすったものである。

 このカップ、たいへんよくできていて、金属だから割れたりしないし、紙コップのように風で飛ばされることもない。油ものを食べたあともプラスチックの食器のようにぬるぬるしないので、ティッシュでちょちょっと拭けばキレイになってしまう。水も必要ない。針金の持ち手がついているので手袋をしなくても手が熱くならない。火にもかけられる。やろうと思えば一人分の炒め物や揚げ物だってできないことはない。カップにネギをいれてナイフで刻み、だしと味噌とお湯をそそげば、たちまち温かい味噌汁のできあがりである。深夜、テントからぬけ出して、ばんめしの残りのトン汁などをこれにいれて火にかけ、はふはふとすするなどは至福のときである。口をつける部分が別の金属になっているので熱さをやわらげてくれる。そしてきわめつけは、写真をよく見るとわかるとおもうが、薄くツートンカラーになっていて、色の違うところで200ml、いっぱいで300mlを計ることができるのだ。
 
 そんな具合にこれは、コップにも、食器にも、調理器具にもなるスグレモノである。これなくして野良の飲食はかなわない。ぼくはもともとふたつ持っていたのだけれど、そういう重宝さが気に入ったのか、ひとつは別れた妻が持って行ってしまった。
 
 ひとつ残ったこのカップ。もう二十年以上使っているので、すっかり手と口になじんでいる。ウィスキーを入れて飲むときに、カップの底の「SIERRA CLAB」の刻印が目に入る。
 
 その刻印が、なんだか二十数年のぼくの人生を、しみじみと見守ってくれているような気がするのだ。