阿呆チャッターはどこへ行く

 スマホは持っているのだけれど、こんな小さな画面は見づらいとか、やっぱりキーボードがないと文章は打てないなどという言い訳をいちいちみつけては、いまだにほとんどの作業をPCで行っている。
 
 車で移動する時間が長いので、ノートPC車載用のスタンドを取り付け、ダッシュボードに外付けディスプレイをくっつけ、ハンドルにはキーボード、ドアにはタッチパッドまで設置して青色吐息で世の中のモバイル状況に遅れまいとしているのだけれども、残念ながら高温多湿多振動という劣悪な車内環境における安定度についてはスマホのそれに遠く及ぶべくもなく、我がPCは息も絶え絶え、頻繁に落ちたりむずかったりする。そして頼みのLINEやグーグルマップなどのアプリくん達も、もはやPC版はスマホ版のおまけで仕方なく提供されているかのごとく低機能なのである。
 
 僕が、それまで使っていた中古のオンボロPCからはじめて新品に乗り換えたのは、1996年のことであった。まだインターネットなどというものは知りもしなかった。もっとも当時、一般大衆に対してその存在は、国家間軍事ペンタゴン的ならびに学術研究ユニバーサル的最重要機密事項なのであったのだから、いたしかたあるまい。
 
 しかし、前年の暮れにマイクロソフト社のフォース達が反乱を起こし、ウィンドウズ95という画期的OSを発売したことによってパソコンが一般大衆に爆発的に普及した。それに伴い前述の機密システムは平和裏に一般民衆の手に渡り、放射能除去装置も無事に地球にもたらされ、わが日本国においてもめでたくインターネット元年となったわけである。
 
 さて、そんな新しい時代の、僕の新しいPCは、ウィンドウズ95搭載ピカピカ新品NEC98であった。さっそくテレホ契約をし、22時55分を期して数百回プロバイダにリダイヤルして、やっとネットに繋がる。
 
 そして僕はチャットにはまった。
 
 当時はまだスマホもSNSも世に出ておらず、誰かとつながる手段はメールか掲示板かチャットくらいしかなかった。その中でチャットは、リアルタイムでありながら実際の会話と違って若干のタイムラグがあり――ログを打ってから送信する間にログを見直し、考える時間がある――、よく僕の性に合ったのだ。すぐに落ちるか細い電話回線の向う側にいる見知らぬ人間たちと、文字だけでコミュニケートするのはとても楽しかった。ログの行間に漂う人間味がなんとも味わい深かった。チャットは、それまで僕が経験してきたどのコミュニケーションとも違い、じつに新鮮だった。
 
 友達がたくさんできた。バーチャルから始まった友情はリアルのそれよりもはるかに深く、やさしかった。
 
 そして僕は、そんなチャット友達の中の一人の女性と、二度めの結婚をしたのである。



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