ごはんの食べ方が汚いと、女の子に嫌われるのよ

週末の昼下がり、家の食卓で食事をしていたぼくを傍らで見ていた母親が、ぽつんとそう言った。ぼくがまだ小学生のころのことである。
とくだん叱られたというわけではなく、母親はそれきりまた黙った。

どうして彼女が突然ひとり言のようにそんなことを言ったのか、その理由はわからないが、その言葉はなぜかぼくの頭の隅っこにぺたんと小さくはりついて、長い年月を経るごとに少しずつ大きくなっていった。

ぼくの父親はあまりきれいに食事をしなかった。とくに家の中ではごはんを口いっぱいにほおばってもぐもぐやり、たまにせせり箸もやった。
関西のちょっとイイトコのお嬢さんだった母親はそのたびに顔をしかめていたので、ことによると配偶者のそんな姿が母親にそう言わしめたのかもしれない。

母親方の叔父に、住職をやっている人がいた。山梨のそこそこ大きな寺で、ご前さまと呼ばれていた。ちょうど寅さんの映画にでてくるご前さまによく似て、飄々としながらも威厳のあるひとであった。

その叔父の食事姿が、すばらしく綺麗だった。寺には庫裏(くり)という住職一家が暮らす場所があって、叔父はそこでの食事のさい、いつも椅子に浅く腰掛けて背筋をぴんと伸ばし、最後までそのままの姿勢で食事をした。夏休みに泊まりに行ったとき、ぼくはその姿のうつくしさに驚いたものだ。
ああ、厳しい修行をしてきた人は違うなあ。
そんな叔父と比較されてしまうと、父親がちょっとかわいそうに思えた。

それから大人になるまでの間、ぼくはさほど食事の作法について厳しくされた記憶はないのだけれど、母親の言葉と叔父や父親の姿などが相まって、自分の食事のしかたや他人のそれをなんとなく気にするようになっていった。
そして、まあ自分のことは棚に上げてだけれども、見るとはなしに周囲の人たちの食事姿に目がいくようになった。

あ、あのひとは犬食いだ。器を持たずに猫背になって食べているぞ……。
こちらのひとは立派なスーツを着ているけれども幼児持ち。人差し指を器の上にひっかけて持っている。親が教えてくれなかったのだろうな。
あらら、あの二人連れの若い女性は、二人とも靴を脱いで椅子の上にあぐらをかいて話に興じている。すごいなあ……。

あらためて見渡してみると、ちゃんと食べているひとなぞひとりも見当たらないではないか。
しかしまあファミレスなのだから気を張らずにリラックスして食べればいいではないか、と言われればまったくそのとおりなのだけれども、それからまたまた歳を重ねるにつれ、自分だけはけっして人前でそういう食べ方はしたくないと思うようになってしまった。
そしてネットで食事のただしい作法や箸の扱い方などを調べ、自宅でひとり密かに練習したりするようになった。教材はコンビニ弁当であったり、カップ麺であったりだったが、そんなものでもどううつくしく食べられるか。夜な夜な修行した。

そのかいあってか、今では意識してがんばればまともに食事ができるようになった。母親には感謝している。
けれどもぼくのはあくまで、がんばれば、なのであって、すこし気を抜くと元の木阿弥になってしまう。

ぼくには母親の血が半分と、残り半分父親の血が流れているのだから、これはたぶん仕方のないことなのだろう。
そんな母親も父親も、もう八十歳をとうに超え、ぼくもまた、あのころの両親よりもずっと歳が上になってしまった。