低体温症ってなんだろう

 低体温症、英語ではハイポサーミアと呼ばれる。
 いわゆる凍死のたぐいだ。

 ひと言で低体温症と言っても、軽症から重症までさまざまである。
 誰もが体験したと思うけれども、春先や秋口のプールの時間に寒くてガタガタ震えて唇が青くなるというのは、もうすでに軽度の低体温症であり、寒さに対抗するために震え運動によって体温を高め、一方で毛細血管を収縮させて体温の放出を防ごうという反射なのだ。

 しかしこの段階ならば、服を着たり暖かい場所に移動したりして身体を温めれば回復する。「プール寒かったよなぁ」で済むのだ。ちなみに学校のプールの授業は、気温・水温・風力などを測って一定基準を満たさなければ中止となる決まりになっているから、これはまあさほど心配には及ばない。

 しかしもっと進むと、震えがなくなり、寒さを感じなくなる。そして意識が朦朧とし、やがて正常な思考ができなくなる。雪山の遭難などにおいてベテランのリーダーがまったく対処できなくなってしまうのは、この状態に陥ってしまうからである。衣服を脱ぎ捨て、わけのわからないことを言ったりする。

 こうなるともうかなりの重症で、そのままの状態が続けば意識はさらに低下し、倒れて起き上がる事ができなくなったまま昏睡に陥り、やがて心肺が停止し、最後は死に至る。
 海や川での溺死と発表されるものも、じつはこの低体温症によるものがほとんどであるらしい。

 とこがである。心肺停止し、誰がみても死んでいると思われる状態でも、低体温症によるそれの場合、心肺停止後数時間後に蘇生するケースがまれにある。通常の死と違って、低体温症による仮死状態の場合、脳の細胞死が少なく、蘇生の可能性があるのだ。いわゆる冬眠に近い状態とでも言おうか。
 したがって、医師は心配停止で瞳孔が散大していても、通常体温まで体温を上げ、血液検査などを行い、それでも異常と認めて、はじめて死亡と診断する。

 凍死や溺死というと、なんだか悲惨で、たいへん苦しんだ後に死ぬイメージがあると思う。たしかに客観的に上記の経過をみれば、死に至る場合は悲惨であることに異論はない。
 けれども当の本人は、震えが止まり意識が混濁してきた時点で、もう苦しみは感じなくなっているし、昏睡に向かってベータエンドルフィンなどの脳内麻薬物質が放出されて非常に気持ちよくなるらしい。
 つまりは春のお花畑なのだ。

 ある医師の言によれば、ヒトは、死に際してあらゆる苦しみから解放されて、そんな風に気持ちよくなるようにプログラミングされているらしい。
 気持ちよくなって、お花畑をふわふわ歩くように死んでゆくなら、宮沢賢治先生が『雨ニモ負ケズ』で言ったように、死もまんざら恐れるものでもないのかもしれない。

 先日亡くなった佐藤くんが、落された川の底でお花畑を見たのであれば、それはせめてもの救いである。